第〇章

第〇章 ゲームのはじまり

 画面が反転したら、私は何にだってなれる気がした。

 ある時は格闘家、コンボ技をきめてチャンピオンになった。またある時は、ボスになり敵のアジトで大暴れ。街にはびこるゾンビどもは、機関銃で一斉掃射。幾多の戦争で勝利を収め、世界を征服したことだってある。
 周りの目なんか気にならなかった。女子用の赤いリュックを床に放り投げ、ゲームに夢中になっていた。
 街角にある、古いゲームセンター。薄暗いそこには、あらゆるゲームがつめこまれていた。
 射的では百発百中の精度を誇り、カーレースだって負ける気がしない。音楽リズムゲームだって、最高難易度のものでも余裕でクリアできる。
 自分こそ地域で最強のゲーマーだとうぬぼれていた。大人達をさしぬき、私のコードネーム「RAGI」が首位に輝くことだってあった。
 そう、彼が同じゲームをプレイするまでは。
 すぐ上に出てくる、自分よりも確実に強い存在。
 コードネーム OMEGA
 私がコンボ技を打ちこんでやっと勝てた相手も、彼は通常技だけで倒してしまう。私が三回練習してできる音ゲーも彼は一発でクリアする。
 私の兄であり、最も敬愛する人であり、最強のライバル。
 八歳年上の彼に、私はいつも負けてしまう。勝ったとしても、彼が手加減したからだとわかって、悔しかった。
「人が考えて作ったものなんや、考えてプレイしろ」
 これが彼の口癖なのだが、何を考えればあそこまで強くなれるのか。兄の場合、何もかも天才すぎるのだ。勉強でも工作でも敵わない。八年前の彼の成績にさえ自分は追いつけない。わかっていた。せめてゲームだけでも勝ってみたい。
 高校三年生になった兄の帰りが遅くなっても、私は構わずゲームを続けた。練習すれば、どうすればいいか考え続けていれば、いつか彼に勝てる日が来ると信じていたから。
 長く居座っても店員から注意されることは無かった。だって、閉店前には、兄が迎えにきてくれたから。一日の最後に、二人で一回だけゲームをプレイして、私が負けてしまう。それがお決まりのパターンだった。
 ふてくされた私を乗せて、兄はバイクを走らせる。彼の背の温かさが心地よかった。
 毎日来ていたらわかる、ゲーム機の変化だって。最近ますますきらびやかに、リアリティが増したバーチャルな方向へ流れていることぐらい。
 でも、私はずっと気に入っていたのだ。はじめて兄とこの街に来たとき。ゲームセンターの存在を知ったその日、一緒に遊んだアーケードゲーム機。
 一プレイ三コイン。ドット絵でかたどられた宇宙、隕石群をかいくぐって、新天地へ向かおうとするジェット機。古い年代のものだった。でも、十分面白かった。何も知らない街に来て、落ちこんでいた私に笑顔をくれた。
 別れは突然やってきた。知らない間に白い用紙が貼りだされ、使用中止、と告げられる。
「なんでや、なんでもっと遊びたかったのに!」
「ゲーセンにも事情があるんやろ」
「いやや」
「いうてもお前、最近音ゲーばっかり遊んどったやんか」
「せやけど、このゲームも好きやったんやって」
 使用中止の張り紙さえはがせば、もう一度遊べるんじゃないか。コインを入れてみたところで、乾いた音が空しく響くだけだった。兄に怒られる。
「何しとるんや。あかんもんはあかん。はよ帰るで」
「いやーや。あともう一回遊びたい!」
 じたばたする。諦めない。
 私が本気で願っていることは、いつだって兄が叶えてくれると知っていたから。
「もー、しゃーない奴やなぁ」
 待ってました、この台詞!
「一つ、いいこと教えてやる。ここだけの内緒の話やで」
 なんと、兄自身が作ったオリジナルゲームがあるという。
「ウソや! なんでそんな大事なこと、言ってくれへんかったんよ」
「叩くな、わめくな。昔に作ってたやつやねん。やりたいんやったら、はよ帰るぞ」
 すっかり機嫌を直して、兄のバイクに乗りこんだ。
 家に帰ってすぐ、兄が作ったパソコンゲームにはまった。『学校ゲーム』昔よく遊んだのと同じ、ドット調のゲームで心温まるものだった。
 移りゆく世界についていけなくても、自分で作れば良いのだと。そこで自分の好きな世界を表せば良いのだと。それは、兄が最後に私に教えてくれたものだった。

 兄が父に呼び出されて、それ以降、私は彼に会えていない。
 もう一年間以上も会えていない。
 メッセージのやりとりさえできなくなってしまった。天才オメガの存在は、表舞台から消されてしまった。
 すべては彼が、超完成都市に引き抜かれたから。
 あのゲームセンターにも通えなくなった。家族ごと、都市へ引っ越すことになったから。
 勝てなかった。彼との真剣勝負に一度も。
 伝えられなかった。毎日迎えに来てくれたこと、一緒に遊んでくれて、ありがとうって。
 お兄ちゃんの作ったゲーム、面白かったよって。

 都市のセキリュティが許してくれない。
 兄に会いたい、あたり前の感情を許してくれない。
 超完成都市、世界最高峰の電気工学技術が結集する街。専用グラスを装着すれば、都市内の望む場所へ自在に電動ワープができる。でも、兄の元へ向かうことだけは叶わない。
 特殊ドームに覆われたこの都市は、雨を知らない。たとえ世界が終わっても、生き残れる強度のシェルターだと謳われる。百パーセント正しい超完成システムにより、二十四時間三百六十五日、都市の安全が担保されている。
 私の存在は、あのシステムに『危険』と判断された。
 押してもいないスマートフォンが勝手に光る。今日は小学校の文化祭だと、わかりきった情報を押しつけてくる。特別に登校許可が降りるという。言われなくてもそうしていただろう。だって今日は。全てに決着をつける日だから。
 袋を開け、キューブをかじった。味は無い。
 パソコン画面を閉じてしまえば、暗闇しかない。
 思えば、完全完璧な都市のただ中にありながら、一つずつ楽しみが失われていった。

毎週購読していた週刊誌
 楽しみにしていた新連載 不自然な終末を迎えた
  いわゆる打ち切りにあったらしい 購読をやめた
兄とみていたアニメーション
 第二期制作にあたり 監督が無理矢理変わることになって
  作風もキャラクターも変わり果てた みるのをやめた
新しくはじめたソーシャルゲーム
 金をかけカードを引いても 目当てのものは出てこない
  育てたカードもルール変更で格落ちし 空しくてやめた

 やっと、気づいてしまった。世の中は大人達の都合だけで動いていく。どんなに楽しみにしていても、情熱をかけても、いとも簡単に無かったことにされてしまう。
 世の中は嘘つきだ。両親だって、学校だって結局、私を裏切った。周りは私に定規を押しあて、矯正器具をはめつけてくる人間ばかりだった。
 いや、違う。私の声を聞いてくれる大人も、わずかながらいた。けれど皆、親の力で遠ざけられてしまった。しまいに、私自身が情報の届かない箱の中に閉じこめられてしまった。
 最後まで手元に残ったもの、それは兄が私にくれた物ばかりだった。伝えたいな。ゲームもロボットも、ちょっと改造してみたんだ。そうしたら、面白くなったんだよって。
 『こわれた学校ゲーム』で、彼を驚かせてみたいな。
 なんで兄に会えないんだろう。
 会わせてほしいと頼んでも、ノイズが増えるばかりだった。のけ者にされて、箱に押し戻されて、終わり。
 ほら、リビングルームに出ればすぐ、座っている。私と同じくらいの背丈の、女の子のロボットが。超完成都市に引っ越して、兄と入れ代わるように家にやって来た。母はその機械に、私と同じ名前をつけた。そういうことなのだ。
 
 ああ、兄ちゃんに会いたいな
 また一緒にゲームがしたいわ
 このまま会えないなんて、嫌だ。絶対に間違っている
 世の中、間違いだらけなのは知っている
 だからといって、諦めてたまるものか

 すべての可能性をかけて、私は兄へ会いに行く
 与えられたこの箱にいるのも、今日が最後になるだろう

 ヘッドホンの音量をあげる。
 ノートパソコンを抱え、私は私のリアルへ足を踏み出した。
 全てを変えるために。
 もう一度、楽しかったあの頃を取り戻すために。



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